BABYMETAL METROCK’15 ライブ レポート

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1.

「はぁはぁはぁ」

 

こんなに必死になって走るのはいつ以来だろう。
僕は息を切らしながら「WINDMILL FIELD」方面へ走る。

 

「ほら、先輩。なにをノロノロ走ってるんですか。
急がないとモンパチに間に合わなくなりますよ!」

 

眼前を行くK山くんから叱咤の言葉が飛んでくるが、
「分かってる」 、そう答えるのがやっとだった。
呼吸が苦しい。足が重い。昼に食べたケバブがリバースしてきそうだ。
しかしそれにしても暑い。まだ5月なのになんという暑さ。
これだけ暑いと今年の夏は稲川淳二のテレビ出演が増える一方ではないか。
ふとそんなことを考えながら僕は、懸命に後輩の背中を追いかけ続けた。

 

そもそも原因は彼にあった。
「SEASIDE PARK」にも行きたいと言い出したのはK山くんだ。

 

「TOKYO METROPOLITAN ROCK FESTIVAL 2015」。通称「メトロック」。
ステージは大きい方から「WINDMILL FIELD」、「SEASIDE PARK」、「NEW BEAT SQUARE」。
大成功だった北中米ツアーのあとだから凱旋公演といった体がしっくりくるBABYMETALは、
メインステージの「WINDMILL FIELD」で16時半に開演である。
ちなみに2年前は「NEW BEAT SQUARE」での出演で早々に入場規制となっていた。

 

フェスだからいろんなバンドを見て回ろうか。自然と意見が一致した。
比較的近い3rdステージと交互に見て回ろう。前日に彼とそう示し合わせた。
個人的に「MOROHA」は見ておきたいと思っていたのでちょうど良い按配だった。

 

けれど当日になってK山くんが「在日ファンク」も見てみたいと言い出したので、
少し逡巡したのち、「ま、いいか」と僕は軽い気持ちで彼の意見に同意したのだった。
しかしこれがいけなかった。
結果、それまでのライブ観戦で多少は消耗していたというのに、
さらに遠いサブステージまで往復したものだから予想以上に体力を削ってしまった。
これでは「BABYMETAL」が始まるまでに完全にガス欠になってしまう――。

 

「もう、急いでくださいって!」 だからK山くんの発言は僕を多少苛立たせた。
同意したとはいえ、彼が言い出さなかったらこんなに苦しむことはなかったはずなのに、
「ほんと、いつも僕の足を引っ張るんですから」、挙句には愚痴まで零すのだから。

 

くそっ、言わせておけば――。
さすがにカチンと頭にきた。
僕は歯を食いしばり、両眉を吊り上げて後輩の背中を睨みつける。

 

おまえみたいな生意気な後輩はだなあ、
昼にカレーを食べたのに晩御飯の食卓でもカレーが出てきたらいいんだ!

仕事帰りにオヤジ狩りにでも遭えばいいんだ!

アイスを袋から引っ張り出す時に棒だけ出てくればいいんだ!

牛乳を飲んでる時に限って笑わかされればいいんだ!

そのうちおまえの自宅に、ダッチワイフの穴にカラシを入れて送りつけてやるからなっ!

 

息が上がっているので叫ぶのは無理だった。
内心で呪詛を呟きながら走るうちにようやくメインステージに到着する。
ちょうど「MONGOL800」が始まるようだ。
人の波の隙間を縫い、少しずつ前に進んでいる最中だった。
涼しい顔をしたK山くんが僕に向かってさらりと言った。
「先輩、少しはダイエットしましょうね」

 

その台詞は大佐に言ry
ふっ、おまえがそれを言うか。

 

後輩の言葉に思わずにやりとした。
なぜなら年下の彼より僕の方がまだ幾分スマートだからだ。
僕はキザな仕草でK山くんに指を向ける。
「それ、おまえのことだから」

 

蛇足を痛感したのか、K山くんは渋面を作って自嘲気味に笑った。
「そうなんですよねぇ」
言いながら自分の腹回りを手でさする。
「このまえ、エステの体験コースを受けたんですけど、全然ダメでした」

 

甘えるな!
そう言いかけたところだった。

 

「だけど先輩だってそろそろまずいと思いますよ」
不意にK山くんが続けて言ったが、僕は鼻で笑いつつ、
「大丈夫。おまえのようにはならないから」と即座に否定した。
しかしK山くんは、そうじゃないんですといった具合に小さく首を振ると、
憐憫の眼差しで僕をまじまじと見つめながら吐息混じりにこう言った。
「いや、お腹とかじゃなくて、顔とかが」

 

一瞬面食らったものの、すぐに体が打ち震えた。
彼の発言の意図がわかったからだ。
確かに今の僕の髪はパーマが伸びきった状態で、
しかも最近は仕事が忙しくて疲れ切ったオヤジそのまんまの表情でいることが多い。
数日前には、「まるで渋谷駅のモアイ像みたいですね」と彼に軽く揶揄されたこともあった。

 

 

 

ぐぬぬぬぬ……。
本当は認めたくないけれど、僕とこれとは「似てないだろ」と完全否定はできない。
九州出身で彫りが深い顔立ちの僕。
悲しいかな自分のことは自分が一番よくわかっている。

 

だからすでに行動に移していた。少し前から多少は自覚していたのだ。
先週僕は、顔のエステ、いわゆるフェイシャルエステというものを体験しに行っていた。
月末に知人の結婚式に出席する予定があったのも気持ちを後押しした。
外見や身なりで、人々が他人に抱く心象は随分と変わるというものだ。

 

もちろんエステに行ったことはK山くんには話していない。
もし彼に話をしても、「やっぱり老けてきていた顔が気になってたんですね!」と
話のネタにされるのがオチだから。
これ以上彼の言いたい放題にさせるわけにはいかなかった。

 

「あっ、始まりますよ!」

 

快活に声をあげるK山くんに釣られてステージを見る。
「あなたに」のイントロが始まると一際歓声が上がる。
周りを見やればBABYMETAL TEEを着た人が随分いたが、
そのことは気には留めず、モンパチのライブに見入る。
「今日はドローンは飛んでませんか? うちはオスプレイが飛んでますけどね」
ライブも素晴らしいものであったが、途中に挟んだMCでの、
沖縄出身の彼ららしい際どいジョークも大層面白かった。

 

やがて「MONGOL800」のライブは終了したが、一気に客が引いていくことはなかった。
引いていく客と前方に詰めていく客が半々くらいだった。
それまでのライブは、終われば引いていく客ばかりだったというのに。
予想はできていたが、それだけ今日はBABYMETAL目当ての客が多いということだろう。

 

「あっ、先輩、忘れてました。これ、返します」
「なんだよ、今頃かよ」

 

3日前に貸していたタスポを受け取ると、僕たちは揃って前に進む。
モニターの観やすい右端を1歩ずつ進んでいく。
あの爆音を体感できると思うと自然と血沸き肉躍る。
SSAでの新春キツネ祭りの興奮が沸々と蘇ってくる。

 

今日の公演が終われば来週からは欧州ツアー。本当に慌ただしいスケジュールだ。
だから「労い」と「エール」、その2つも胸に、彼女たちのステージを見届けるつもりだ。
2人でさらに進んでいき、右手前20Mほどの比較的見やすい位置に陣取る。
夕方となり幾分涼しくはなってきたが、思いのほか左から照らしつけてくる西日が眩しい。

 

周りを見渡すと、これまでどおり随分と幅広い客層で溢れ返っていた。
親子連れの姿や外国人メイトの姿もある。
僕の網膜はカップルは認識できない仕様になっているから、残念ながらそれらの数は分からない。
黒ミサで味を占めたのだろうか、白塗りをしたメイトの姿も数人見かけた。

 

中央はほぼ若者でごった返していたが、端には多くの年配の方が陣取っていた。
モッシュを避けるための措置なのだろうが、しかしよく観察してみれば、
どうもボッチ参戦している人が多いように見受けられた。
1人じゃ寂しいしどうしようかと悩んだものの、結局は観に行かずにはいられなくなった。
彼らの中には、そんな心理が働いてこの場所にいる人もいたかもしれない。

 

神バンドのメンバーが次々に登場して来ると、それだけで会場が大いに湧いた。
それにしても音圧がヤバい。他のアーティストたちと雲泥の差だ。
まるで「音」の鈍器で頭の中を殴られているような感覚がする。
それを決めることで他の楽器のチューニングも行うのだろうが、
青山神の連打するスネアドラムの音だけで全身の皮膚がヒリヒリする。
屋外ライブでメタルの爆音が聴ける幸せをグッと噛み締める。
自分が生きている時代にBABYMETALが現れてくれたことに改めて心から感謝する。

 

「おねだり大作戦」でサウンドチェックを継続するが、それだけで場内は盛り上がっている。
新しくなったムービーがビジョンに流れ始めると怒号のような歓声が耳をつんざいた。
直後に後方からの圧縮があり、数メートル前に押し出される。
少し痛かったが、それがライブの始まりを否が応にも実感させてくれるからワクワクするんだ。
さあ、皆で刮目して拝もう。畏怖の念をもって迎えよう。
ミドルティーンにしてすでにカリスマ。BABYMETALの登場だ。

 

 

 

 

2.

以下セトリ

01.メギツネ
02.いいね!
03.Catch Me If You Can
04.ヘドバンギャー!!
05.Road of Resistance
06.ギミチョコ!!
07.イジメ、ダメ、ゼッタイ

 

先ず、間近のツアーのFANCAM映像で確認していた新ムービーでスタート。
初っ端から歓声がすごい。瞬間的に映像の声が聞き取れなくなるほどに。
しかしよく聞いてみると、「BABEMATAL DEATH」のイントロではないことに気付く。
えっ、ということは――。
1曲目はいったい何が来るのだろう。僕の思考はすぐにそこに飛んだ。

 

ややあって「キツネ~、キツネ~」と流れてくる。
ああ、1曲目は「メギツネ」だ! SSAと同じスタート。これは最初からテンションが上がる。
フード付きタオルを被った3人が登場すると割れんばかりの歓声があちこちから上がり、
「ソレ! ソレ! ソレ! ソレ!」とみんなが一斉に激しく踊り狂う。
まさに渇望と欲望が爆発した瞬間だった。
そしていきなり激しいモッシュが始まる。
偶然なのか故意なのかはわからないが、K山くんのエルボーが左の頬に入り、一瞬悶絶する。

 

続く曲はまさかの「いいね!」
フェスのセトリで「いいね!」を入れるなら「ドキモ」を入れてくるだろう。
そんな僕の安易な推測は脆くも崩れ去った。完全に裏をかかれた。
がしかし、これはこれで大いに盛り上がる曲。再び起こったモッシュがそれを示している。
リズムに乗って体を揺らしながら「いいね! いいね!」と絶叫し、
SU-METALの可愛らしコールに満面の笑みでレスポンスする。「メトロック!」

 

ノンストップで続く次なる曲は「Catch me if you can」。
神バンドのソロプレイが観客のすべてを魅了する。
青山神の両手上げツーバス連打に痺れる。
そして早くもお決まりのサークルピットが発生。
僕の目の前で大きなサークルが出現したので、「WOWOW」に合わせて走り出す。
しかしすでにかなり疲弊しているせいか、足がもつれて思うように走れない。
「まだまだ行くよ!」の振り付けの違いを確認するのもままならないほどに。
我ながら情けなかった。ああ、くそっ、と自分の惨めさを嘆いている時だった。
横から嘲笑混じりのK山くんの声が飛んできた。
「ははっ。先輩、まるでおじいちゃんみたいな動きですね!」

 

なんだとこのやろう!
またまた頭にきた。
「ぜえぜえ」と息を切らしつつ、僕は目を剥き気色ばむ。

 

お、おまえなんて流しそうめんで大食いの奴の後ろになればいいんだ!

プールで飛び込む直前に水を抜かれればいいんだ!

調子にのってウンテイの上を歩いていたら足を滑らせて股間を強打すればいいんだ!

会議で有意義な発言をしたあと、得意顔で着席しようとしてズボンのお尻が破けてしまえ!

 

叫んでも爆音で消されるのがオチだから、僕は内心で再び呪詛を繰り返した。
しかし当然ながらK山くんに一切のダメージはなく、ずっとニコニコ顔で走っている。
「イエーイ、イエーイ」と言いながらサークル外の人と楽しげにハイタッチを交わしている。

 

おじいちゃんと言われてムカつかないわけはないが、
K山くんの楽しそうな笑顔を見ていると自然と怒りは消えていった。
冷静に考えれば、彼の発言は実に的を得ていた。最近の足腰の衰えは実感していた。
僕はヨロヨロの足取りでサークルを抜け出すと、呼吸を整えて次の曲に備えた。

 

4曲目は「ヘドバンギャー!!」だった。
ここでも激しいモッシュが起こり、眼前で何人かは土下座ヘドバンもやっていた。
僕も参加しようかと思ったけれど、一度膝を地に着けたらもう立てないような気がして、
だから躊躇い、結局は土下座ヘドバンは見送った。
大の字ジャンプだけはなんとか小さく跳べた。
そして「ヘドバンギャー!!」が終わると、モニターに戦国WODのムービーが流れ始めた。

 

「Road of Resistance」のイントロが流れ出す前には、
すでに目の前に大きなサークルが出来上がっていたのだけれど、
左側でも同様のものが出来ていたのだろう、とあるメイトの仕切りにより、
その左右の2つのサークルは瞬く間に1つの巨大なサークルへ変貌していった。
チラッとモニターを見ると、後方にも別の大きなサークルができているようだった。

 

「ははっ、これはちょっと僕には無理だ」
異様な光景を目の当たりにして僕は思わず苦笑した。

 

体力が底を尽きかけ、すっかり弱気になっていた僕は、少しずつ後ずさりした。
この中に入ってしまったら無傷ではいられないだろう。
そういった危機意識が心の中を支配していた。

 

しかしそんな僕の心情とは裏腹に、誰かが僕を前へ前へと押してくる。
振り返ると、笑みを浮かべたK山くんの姿があった。「先輩、もっと前に」

 

「ちょ、おまっ」僕は即座に抵抗する。
こんなヨレヨレの体では押し潰されるのがオチだ。

 

しかしK山くんは「さあ、頑張って先輩!」となおも背中を押してくる。
「おい、やめろって」僕は語気を強めながら後輩を指差す。
「おまえ、イニシャルをバラされたいのか? K山じゃなくていいのか?」
「何わけのわかんないこと言ってんるですか、先輩」
「だからイニシャルをバラしてもいいんだなっと……、おっ、おっ、おおおおおーっ!」

 

「1、2、3、4」のカウントを合図に、結局は巨大なWODに参加してしまう僕。
2度ほど転んたがそれはもはや既定路線だった。
乾燥した土壌だからただでさえ終始舞っていたというのに、全身は余計に土埃まみれ。
それでも「Road of Resistance」はお気に入りの曲なので、
僕は最後の力を振り絞るかのようにヘドバンし続けた。
ああ、なんてことだろう。ビートがあまりにも心地良すぎる。
髪を左右に激しく振るたびに頭からも土煙が舞い上がる。

 

ここで「Road of Resistance」が来たということは次は「ギミチョコ!!」だろう。
「ROCK ON THE RANGE」のフル動画を観た人は、これは予期していたのではないだろうか。
しかし実際にそのとおりに「Road of Resistance」からの「ギミチョコ!!」が始まると、
そのコンボは想像よりも凶暴と言わざるを得なかった。みんなが暴れ回る。まるで狂乱の宴だ。
多くの初見のアメリカ人がたちまち熱狂するのだから当然といえば当然か。
盛り上がりは、トップギアからさらにターボで加速していった。

 

そして最後の締めとなる曲は、もはや定番、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」。
それはまさにデジャブだった。目の前に再び出現する巨大なサークル。
ついさっき見たばかりの光景が眼前に繰り広げられる。
最後はもう自棄になってWODに参加し、本当に最後の力を振り絞ってダメジャンプを跳んだ。
そして「WE ARE BABYMETAL!」コールからの「SEE YOU!」。
「最高に楽しかった! だけどめちゃくちゃ疲れた!」
端的に表すと毎回そうなってしまうBABYMETALのライブは大盛況ののちに幕を閉じた。

 

心は余韻を楽しみつつ、体は一気に痛みを感じつつ、「WINDMILL FIELD」を後にする。

 

周りを見渡せば、40代~50代、もしくはそれ以上の年齢の方たちが意外と多いことに気付く。
その方々を眺めていると、「80年代のメタルを聴いてる人を熱くさせるんだよ!」、
ふとヘドバン・スピンオフ「ヘドバン的メタルの基本100枚」の中の文言が脳裏を過ぎった。
音楽ライターの荒金良介氏が、アルバム「BABYMETAL」に言及したレビューの中のものだ。
彼が紙面で評した、「伝統と格式を重んじるメタルの歴史軸を縦糸に、
内外の現行ラウド/ヘヴィ・シーンの横糸を張り巡らせた音像」はまさに言い得て妙。

 

長年に渡り様々な音楽を聴いてきて耳の肥えた壮年・熟年の御方々は、
何度か繰り返し聴いて吟味したのち、この音楽は本物だと一旦認めてしまえば、
いくら批判の渦が周りで巻き起ころうともそれにいちいち反応を示すことはなく、
君主を仰ぎ、一意専心任務に励む近衛兵のように、その確固たる信念は決して揺らぐことはない。
図らずも芽生えてくる「自分の娘や孫娘を優しく見守る」といった父兄心理も若干孕みつつ。

 

また荒金氏が評したような趣向に感付いたからこそ、海外のメタル誌及び主要メディア、
大物ミュージシャンたちは、これだけBABYMETALを好意的に支持しているのだろう。
地方のメイトたちの心情を慮れば心苦しいし、
僕が指摘せずとも陣営はそのつもりだろうけど、
3人の学業に支障が出過ぎない程度に、
やはりBABYMETALは今後も海外ツアー中心で進むべきである。
そしてたまに、今日みたいに、日本のメイトたちを楽しませてくれればそれでよい。
本音はまだまだ生で観たいと思っているはずなのに、ふとそんな心境に陥った。

 

少し休憩してから、ユニコーンのライブを後方から眺め、僕たちは会場を後にした。
「大迷惑」を大声で歌い、不覚にも「すばらしい日々」を聴いて涙した。
結局、今日観て回ったライブは全部で7つ。
BABYMETALの凄まじいライブを体感しただけでチケット代の元は取っていただけに、
十分すぎる観戦内容だった。
本当にありがとう、メトロック。
内心で謝辞を述べながら門外に出る。
K山くんと一緒に家路に着く。

 

 

 

 

3.

シャトルバス乗り場へ向かいながら、僕は今日のBABYMETALのライブを振り返る。
ノンストップで続くライブは観客に息つく暇を与えない。
だからメイトたちは高いテンションをずっと保つこととなり、それが熱狂、狂乱に繋がっていく。
他のミュージシャンたちのMCは、確かに中には面白いものもあったし、
観客の中にはライブ中の休憩パートを欲している人がいることも承知しているが、
多少のムービーを挟んだだけでノンストップでライブを行うBABYMETALには、
やはり他の出演者たち以上に最大級の賛辞を贈らねばならないだろう。
音とパフォーマンスのみでずっと勝負しているのだから。

 

また、北中米ツアーの映像を観た時点ですでに多くの方がお気付きだったと思うが、
今日のライブにおいても、3人のダンスはかなり洗練されてパワーアップしている印象を受けた。
全体的なダンスはもちろん、細かい動き、身のこなしから
静止する瞬間でさえ、振りの切れ味が増している。
昨年はまだあどけなさが多分に残っていたので、恰好良く踊っている場面でも、
どうしても〝カワイイ”という印象を完全に拭えずにいたのだが、
今年になってからは、顔つきや体格が幾分大人っぽくなってきたのと、
相当に鍛錬(実際にツアー前に毎日4時間のレッスンを2週間積んでいた)してきたのだろう、
引き締まった肢体で踊る様はまさに〝クール”という表現がぴったり。
曲中の笑顔は変わらずにキュートだが、ダンスはなかなかに恰好良く感じられた。

 

生バンドで始めてからしばらくは、神バンドの奏でるビートにうまく乗るといったスタンスで、
華やかで血気盛んなステージングで観る者を熱狂させているように見受けられたが、
国内のフェス巡りや昨年からの海外ツアーで相当に自信を深めているのだろう、
今や迫力は神バンドに勝るとも劣らず、堂々と彼らを従えてライブを終始支配している。
彼女たちから発せられるオーラはすでに大物アーティストのそれに近いように思う。

 

シャトルバスで運ばれていると、嬉々とした表情でK山くんが訊ねてきた。
「今日は楽しかったですね。先輩はどうでした?」

 

僕はしばらく考えてからこう答える。
「単なるアイドル好きなのに 、妙に気取ってて、誇らしげ 」

 

「え、何ですかそれ」

「偉人の名言。どこかよその国の」

「あ、そうなんですか。なんて人の?」

「えっと、ブンカタブー7世だったかな。アラブとか、そっち方面の人」

「へえ、中東のお偉いさんかなにかですかね」

「かもしれないね」

「それにしても、ベビメタの3人はやっぱり超可愛かったですね!」

「艶のあるモンスター」

「えっ、今なんて? 早口で聞き取れませんでした。もう一回言ってください」

「独り言だから気にするな。最近多いんだよ、独り言。いつも暇人Deathから」

 

おもむろに視線を車窓に移すと、僕は今日のライブを改めて振り返った。
BABYMETALのライブは究極のエンターティナーショーであるように思う。
それは音を楽しむ「音楽」の概念を飛び越え、
激しいサウンドに合わせた情熱的なダンスは、エナジー的に、
世にあるダンスショーのほとんどを凌駕する。そんな感想すら抱く。

 

今日もそうだったが、BABYMMETALが登場するまでは、「早く見たいよ」「もう待ちきれないよ」
といった逸る気持ちが自然とBABYMETALコールを生み、
BABYMETALがライブをやっている間は我を忘れてひたすら熱中し、
今楽しまなくていつ人生を楽しむんだといった具合に心底楽しみ、
そしてライブが終焉すれば、最大の敬意を払った万雷の拍手とコールで彼女たちを称える。
「今日も素晴らしいショーを見せてくれてありがとう!」と。

 

今日に限らず、昨年の「Heavy Montreal」や一週間前の「Rock on the range」においても、
メイト、初見者関係なく観客たちのこういった趨向は大いに見受けられたが、
今後のフェスでもこの一連の流れは形式化されていくのだろうし、
国内外問わずどのフェスでもBABYMETALは目玉のアクトとなるだろう。

 

高水準レベルの「音」で耳を、可愛くも鋭くてモダンな「ダンス」で目を愉しませ、
爆音の中を突き抜けていく良質な「ヴォーカル」は見聞きする者すべての心を激しく震わせる。
そしてなにより、3人は圧倒的に可愛くて、美しくて、凛々しくて、勇敢でクール。
ルックスもそうだけど、ステージングそのものの完成度が高くていつも惚れ惚れする。

 

誇張はよくないし、熱くなり過ぎて盲目になってはいないかと自分を客観視してみるけれど、
それでもやはり、チームベビメタがやっていることは一読三嘆ならぬ一観三嘆であるし、
これほどまでの熱量を発するライブパフォーマンスは比類なく素晴らしいものであり、
千言万語を費やしても表現し得ないほどに優れている。
狂気の沙汰のようなエネルギーに満ち溢れたライブはそうそう体験できるものではない。

 

去る1月10日に行われた新春キツネ祭りレポの最後に、
誠に勝手ながら「BABYMETALは日本最高峰クラスのライブバンド」と記したのだが、
自分は過ちを認め、その責を負い、敬慕の情を持って訂正せねばならないだろう。
今日のメイトたちの狂喜乱舞の様子や、海外のミュージシャンたちまでがこぞって袖に
大挙として押し寄せた「Rock on the range」、乱発するクラウド・サーフの状況を鑑みるに、
「BABYMETALは世界的に見てもハイグレードなライブバンド」であろうと。

 

「いやあ、気持ちのいい汗を掻きましたね!」

 

K山くんの感嘆の声に振り向いた時だった。
左頬にズキンと痛みが走った。
あっ、そうだった。思い出した。
僕は左頬を手で押さえながら遠慮気味に後輩に指摘する。
「そういえば、僕にエルボーを食らわしたよね。痛かったなあ、あれ。ははは」

 

指摘はしたが、責める気はなかった。
なぜならライブ中にはよくあることだからだ。
しかし直後に発したK山くんの言葉に僕の身は打ち震えることになる。
無邪気な笑顔の裏に冷酷さを隠し持つ子供さながらにK山くんは言った。
「あは、バレちゃいました? あれ、実は半分わざとなんです。丁度いい位置に的があって、つい」

 

なんだとっ!? お、おまえという奴は!
三度僕は頭にくる。
顔を真っ赤にし、再び内心で呪詛を叫ぶ。

 

お、おまえなんて「この服いくらだったと思う?」と
友人に安さ自慢をしたかったのに一発で値段を当てられたらいいんだ。

僕みたいにポロシャツの襟を立てて出かけて周りから冷ややかな視線を浴びればいいんだ。

僕みたいに、コンビニで買い物をした時にお釣りが44円だったことから、
思わず「よん! よん!」と呟いて店員から白い目で見られればいいんだ。

僕みたいに、公園にボールが転がっていたので思いっきり蹴り上げたら
実は石だったというとてつもなく痛い災難に出くわしてしまえ!

 

バスの中なので大声を張れる状況ではなかった。
だから当然のことながらK山くんはノーダメージで笑みを絶やさずにいる。
僕は大きく吐息を吐くと車外に目を向けた。
薄暮れの空に目を凝らしていると、細切れのフィルム映画のように、
不意にある残像が脳裏に浮かんできた。

 

余談だが、最後に、恐縮ながら「モッシュ」について個人的に触れさせていただきたい。
あくまでも個人的見解であることを最初にお断りさせていただく。

 

BABYMETALにハマる理由は人それぞれで、何を目的にライブに足を運ぶのかも人それぞれ。
楽しくモッシュッシュッがしたいからという人もいるかもしれない。
前述の新春キツネ祭りレポに、僕はそうも記した。

 

他のメイトの方々の言動に口を挟む立場にないし、僕自身はモッシュは当然という解釈でいるから、
モッシュの激しさについて僕からどうこう言うつもりはないのだけれど、
ある光景が未だ頭に残っているからどうしても触れておきたい衝動に駆られたんだ。
それは、キラキラした憧憬の眼差しで開始前のステージを見つめる少女たちの姿についてだ。

 

頭の隅ではモッシュが発生するエリアかもしれないと認識しつつも、
おそらくは愛娘になるべく近くでベビメタの3人を見せてやりたいという思いに駆られたのだろう、
ついつい前の方へ行ってしまい、しかし激しいモッシュが始まった途端、
幼子を肩に乗せて一目散に逃げ出す年配の男性の後ろ姿や、
慌てて小さな娘の手を引いて端の方に避難する母親の姿を目の端で捉えた。
そして今もそれが網膜に残像として残っている。

 

単独ライブのモシュッシュピットだけではなく、国内のどのフェスにおいても、
ライブが盛り上がって行くに連れて自然に発生していくのではなく、
最初からモッシュやサーフ、サークルピットありきのライブとなっている現状では、
「モッシュする場所に子供を連れてくる方が悪い」
「フェスくらい子供に近くで見させてあげてよ」
といった論争が仮に巷で起こったとしても、まず決着を見ることはないだろう。
どちらが良い悪いの問題ではないのだ。
幅広い年齢の客層を得た今、小さな子供たちにどうやって楽しんでもらうか、
それはBABEMETAL陣営、ひいてはアミューズに課せられた諸問題であろうが、
簡単には解決策は見い出せないだろう。というより、来月の幕張はオールスタンディングだから、
そもそも子供向けの対策は何も考えていないのかもしれない。
メタルのライブはこういうものだという一般的な認識に基づく理由で。

 

しかし現に小さな子供たちをもファンにつけていることは事実なわけで、
先に行われたトロントでのライブや昨年7月のロサンゼルスでのライブのときのように、
小さな女の子を肩車したままでも楽しめるような空間が生まれれば最高だとは思うが、
そんなことは激しくて熱狂的な日本のライブでは絶対に起こらないだろうということは、
僕を含めた多くのメイトたちが共通理解している。致し方ないという思いで。
それならばとりあえずの妥協案として、願わくば「赤ミサ」、それも少しだけ少女エリアのある
「赤ミサ」を今後も継続的に開催していってほしいなと、今日のライブを振り返り少し感じた。
ただし一般女性については自己で判断がつくだろうから、
遠巻きにじっくり見て楽しむも良し、モッシュに参加して楽しむも良し。それは自由だ。
今日のライブでも、実際に多くの女性がサークルピットやWODに参加して楽しんでいた。

 

ともかく、周りへの気遣いや配慮、小さな子供が近くにいないかといった心配は常に意識し、
これからもモシュッシュメイト全員でライブを楽しめればいいなと思う。
みんながみんな笑顔で「ハッピーモシュッシュピット」。
これはBABYMETALのライブでしか起こり得ない稀有で称賛すべき事象であるのだから。

 

 

最寄り駅に着くなりK山くんが笑顔で近寄ってきた。
「先輩、またタスポ貸してください」

 

「おまえなあ、タスポくらいそろそろ買えよな」
言いながら、僕は財布からカードを抜き取る。

 

「あんなのにお金をかけようとなんて思わないですよー」
一丁前にK山くんは口ごたえをした。証明写真代のことを言っているようだ。

 

「よく言うよ。エステの体験コースに行く金はあるくせによ」
僕は皮肉交じりにカードを差し出すが、その瞬間、再び頬に痛みを感じた。
「だいいち、おまえがエステなんて行っても意味がないだろうに」
瞋恚に燃え、思わず語気を荒げる。

 

しかしK山くんは僕の声などまるで届いていないといったふうだ。
眉根を寄せてカードをしげしげと見つめている。
ん? と思った僕は、彼の手元をそっと覗き込んだ。
が、次の瞬間、目が点になった。
タスポだと思って渡したカードは、
あろうことか先日行ったエステサロンのメンバーズカードだった。

 

ああーっ、しまった! と思ってももう遅い。
開いた口から言葉は出ず、ただ唇が微かに震えるだけだった。
そんな僕を見つめながらK山くんは一息入れると、
キザな仕草で僕に指を向けたのだった。
「それ、先輩のことですから」

 

 

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