BABYMETAL 東京ドーム RED NIGHT ライブレポート

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※「BLACK NIGHT」ライブレポはこちら

 

 

1.

ロンドンのTHE SSE ARENA WEMBLEYでBABYMETALのライブショーを観る。
それは随分と遠い昔のことのように思えるが、わずか半年前のことである。
その直後、彼女たちは CBS TV へ出演するためにロンドンからニューヨークへ渡り、
「The Late Show」の番組内で「ギミチョコ!!」のパフォーマンスを披露したのだが、
まだ知名度の低いアメリカのお茶の間に与えたインパクトはそれはもう絶大なものだった。
半日後にUPされた動画の再生数はうなぎ上り。記事にして取り扱った外国メディアは数知れず。
その後帰国し、彼女たちが本格的なWORLD TOUR 2016を敢行したのはその翌月のことである。

 

5月はアメリカ東海岸を中心に廻り、6月は欧州。そして7月は再びアメリカの西海岸を廻った。
刺激的で印象に残っているライブ中のシーンは枚挙に暇がないが、
豪雨で開演が遅れても大観衆が熱狂し、伝説のライブとなったDownload Festival UK、
そしてRob Halfordとのコラボで業界に驚きを与えたAlternative Press Music Awardsは、
本ワールドツアーの中でも特筆に値する出来事であった。
その他にも、6月には「Kerrang Awards 2016」で「BEST LIVE BAND」賞を受賞。
同じくロンドンで開催された「AIM Independent Music Awards」でも
「BEST LIVE ACT」を受賞したのは記憶の新しいところである。

 

そんな具合に、今年も大きく飛躍したBABYMETALのWORLD TOUR 2016の最終公演が、
ここ東京ドームで、今日と明日の2日間に渡って開催される運びとなった。
公演名は「LEGEND – METAL RESISTANCE – RED NIGHT & BLACK NIGHT」。
初日である今夜の「RED NIGHT」ではいったいどんなショーを見せてくれるのか。
多くの経験を積み、さらに成長した彼女たち3人はどんなパフォーマンスを披露するのか。
そのことを少しばかり想起するだけでわくわくが止まらなかった。
ここ数日、僕の思量の中心を支配していたのはそのことばかりで、
否応なく落ち着かない日々を過ごすこととなったのだった。

 

 

 

 

2.

時刻は午後14時。
小雨がぱらついているが傘を差すほどでもない。
生憎の空模様だが、心は幾分浮ついた状態で最寄の水道橋駅に到着した。
視界に映る黒いTシャツを着た人たちがみなメイトのように感じられる。でも――。
いや待てよ、と僕は小さく首を捻る。
若い頃、破れたジーンズを履いて “ スパゲッティ ”を“ パスタ ” と呼べば
モテると思い込んでいた僕のことだ。
だからきっとこれも単なる僕の思い過ごしだろう。

 

程なくして後輩のK山くんが現れた。
「先輩、お待たせしてすみません」
僕は咄嗟に笑顔を作ると「大丈夫だよ。そんなに待ってないから」と優しく対応する。
若い頃、当時付き合っていた彼女との最初のデートの時間に遅刻をしてしまったことがあり、
理由を尋ねられたので、“ 遅れて登場するのがヒーローの鉄則さ ”と答えたところ、
冷めた口調で“ 悪役顔のくせによく言うわね ” と吐き捨てられ、その場で別れられたことがある。
以来、自分は時間を守るようになったが、他人には寛容になった。
「じゃあ飯でも食いに行くか」
僕は気さくに後輩に声をかけながらおもむろに歩き出した。

 

 

 

今日のライブの開場時間は16時。
その前に落ち合って食事をするのは最初から決めてあった。
2人が向かった先は「太陽のトマト麺」水道橋支店。
やはりBABYMETALのライブの日にはトマトを食べなければならないだろう。
それにしてもこの店に来るのは随分と久しぶりだ。3~4年ぶりだろうか。

 

久しぶりといえば、K山くんと一緒にBABYMETALのライブに来るのも久方ぶりだった。
思えば今年初。前回一緒に行ったのは昨年末の「COUNTDOWN JAPAN 15/16」。
単独ライブに限れば、昨年6月の巨大天下一武道会以来1年3ヶ月ぶり。
そもそもK山くんはTHE ONE会員ではないので、僕が複数枚チケットを用意しなければ
BABYMETALのライブに行くことは叶わない。
一応国内4大フェスの話も振ってはみたのだが、いずれも彼の反応は鈍かった。
唯一「ROCK IN JAPAN」だけ検討したようだが、結局は行かないことを選択したのだった。

 

カウンター席に落ち着き、2人揃って太陽のチーズラーメンを注文する。
中国人だろうか、店外のテラス席にいる女性たちが話している声が大きい。
しかも随分とテンションが高かった。何か良いことでもあったのだろうか。
もし一緒にカラオケに行ったら欧陽菲菲の「ラブイズオーバー」を熱唱してくれる気がする。
こういったテンションの高い人になら、
将棋の駒の形をした「通行手形」をお土産として渡しても絶賛しながら受け取ってくれそうだ。

 

「ところで」と、僕はコップの水を少し口に含んでから言葉を繋ぐ。
「THE ONE会員になる気は今もまったくないの?」

「THE ONE会員ってなんでしたっけ?」

「BABYMETALのファンクラブみたいなもんだよ。前に説明したじゃないか」

「うーん」K山くんが眉間に皺を寄せる。
「BABYMETALは好きですけど、そこまでファンってわけじゃないですからね」

「そっか。まあ、無理には勧めないけど」

「先輩が複数枚チケットが当選した時だけ連れて行ってもらえれば僕は十分です」

 

K山くんと一緒にBABYMETALの単独ライブに行くのは今回で3度目だが、
いずれもチケットは僕が用意したものだった。
彼もTHE ONE会員になってくれた方がチケットの当選確率が上がるので嬉しいのだけれど、
本人が渋っている以上は無理やり勧めるわけにもいかない。
K山くんは長年 Mr.Children のファンクラブに入っているが、
ファンクラブに入るのはそれだけで十分というのが彼のいつもの主張だった。

 

ラーメンが出てきて、麺を啜りながらK山くんが言う。
「若い頃は“ CHAGE and ASKA ” のファンクラブにも入ってたんですけどね」

「えっ、それは初耳。ミスチルのファンクラブ会員になる前の話?」

「そうですね。でも少しだけ被っている時期もありましたね」

「え、じゃあ、ミスチルとTHE ONEが被ってもいいじゃない。入ってみたら?」

「うーん、答えは“ SAY NO ” です」

「セイノー? 物流大手の?」

「違います。“ SAY YES ” じゃなくて“ SAY NO ” です」

「ああ、そういうこと。そっか。残念」

「だからBABYMETALは先輩頼み。これからも“ ひとり咲き ” で頑張ってください」

「“ ひとり咲き ” っておまえ……、無理にチャゲアスの曲名で返さなくてもいいから」

「“ YAH YAH YAH ――ッ! ” という気持ちで僕の分のチケットも当選させてくださいね」

「だからチャゲアスを引っ張らなくてもいいから」

 

ここまで頑なに断るということは、彼の中で決め事があるからだろう。
やはり無理には誘うべきではない。
パックマンだってスタートと同時に無理に右に進むとモンスターに挟み撃ちにされたりする。
流れに任せた方が正解の時もある。

 

食事の途中、K山くんは、懲りずにCHAGE and ASKAの「LOVE SONG」を口ずさんでいた。
「“抱き合う度にほらぁ~ また君ぃ増えていく~”、あー、いい歌ですよね」

僕は正面を向いたままボソッと言う。
「今となっちゃあ、それって幻覚症状じゃないの? っていう歌詞に思えるけどね」

 

それにしてもCHAGE and ASKAネタがしつこい。
食事中だからってなにも味を占めることはないのに。
少しばかり後輩のことがうざくなってきた僕は、彼がちょいと目を離した隙に、
こっそり横から彼の器の中にタバスコを足した。
そしてそのまま知らない振りをした。
学生の頃に教室内で流行ったコックリさんでもみんなにバレないように指を動かしてたんだ。
これもバレる訳がない。

 

「美味しかったですけど、随分と味が辛くなってましたね」

「そう? 僕のは普通だったけど、気のせいじゃない?」

 

食事を終えると、とりあえず僕たちは様子を見に東京ドームへ向かった。
陸橋あたりからやたらとBABYMETALのTシャツを着た人たちを見かける。
今度は思い過ごしではなかった。
そしてその数は東京ドームに近づくにつれて段々と増えていったのだった。

 

 

 

ふと右手方向を見ると、物販エリアには行列ができていた。
その他には、至る所で、各々のメイトが手作りグッズの配布や交換などを行っているようだ。
おそらくそれらはファン同士の親睦を深めるツールの役割を果たすのだろう。
僕はまったく興味はないが、本人たちが楽しんでいれば周りがとやかく言うことではない。

 

ぶらぶらしながら喫煙所に行くと、そこでドイツ人のピカチュウ男と遭遇した。
僕は「グーテンターグ」と声をかけながら彼と握手をする。
ピカチュウ男は僕が誰だか分かっていないようだったので、
シュツットガルトでのライブ前に撮った彼の写真を見せてあげた。
すると彼は少し思い出したのか、「ああ、あの時の」といった具合に照れ笑いをした。
僕は笑みを返し、「エンジョイジャパン!」と言い残してピカチュウ男と別れた。

 

開演前から、あたり一帯は賑やかな声に包まれ、随分とお祭りムードを醸し出している。
さいたまスーパーアリーナでの「新春キツネ祭り」の開場前となんとなく雰囲気が似ている。
入場口前では、ひっきりなしに、コスプレイヤーと一般メイトが写真を撮っている。
途中、TVの取材クルーに出くわした。どうもテレビ東京のあの有名な番組のようだ。
詳細は分からないのだが、TLで把握した情報によると、
密着取材を受けているのは、なんとあの23年メタラーさんこと、イギリス在住のリーさんだった。
彼が空港でターゲットとなったのはおそらく偶然なのだろうが、
BABYMETALの外国人メイトを取材する対象としてはうってつけであるように思う。

 

僕たちは取材風景を遠巻きに眺めながらその場を後にした。
そして一旦駅近くまで戻ると、喫茶店で時間を潰すことにした。
開場時間が過ぎた17時頃になって再び東京ドームへ向かう。
遅れて行ったのは、ある程度人数がはけているだろうと踏んだからだったのだが、
いざ到着してみると、入場ゲートはどこも混雑している状況だった。
目論みが外れてしまった僕たちは口をへの字に曲げ、おとなしく40番ゲートの最後尾に並ぶ。
雨脚が段々と強くなってきていたが、屋根の下で並べたことは幸いだった。

 

 

 

やがて順番となり、プリントアウトされたチケットを手にする。
その際、係員が一緒にクリスタルのコルセットを配布してくれた。
僕はそれを眺めながら入場する。
中に入ると、すぐに物販コーナーが目に飛び込んできた。室内でも販売は行っているようだ。
チケットに書かれている情報を確認しながら通路を進む。
途中、迷子になりかけたが問題ない。
カラオケでトイレに行くと、決まって自分のいた部屋が分からなくなってしまう僕だ。
迷子になるのは慣れっこ。若干時間は要したが、無事に自分たちの席を見つけた。

 

 

 

席に座り、落ち着いてからアリーナを凝視する。
ここに来たのは約二ヵ月ぶり(その時は野球観戦)だが、やはりドームは広い。
アリーナ中央に円形のステージがあり、そこから、棺桶の形をした花道が三方向に伸びている。
また、ステージ中央には巨大な櫓(やぐら)のような舞台セットが聳え立っている。

 

 

 

開演時刻が近づいているということもあって、周囲は終始喧噪に包まれている。
そうこうしているうちに、僕もなんだかそわそわしてきた。
今日はスタンド席からの観覧なので、圧縮がキツくなりそうな場所を予測したり、
モッシュに備えてストレッチをやったりする必要はないのだけれど、
記念すべき重要なライブなので、さすがに緊張が高まってきた。
そのせいもあって、僕はキョロキョロ見渡しながら挙動不審な行動を取っていた。
強い口調で「いいですか、先輩」とK山くんが話しかけてきたのはその時だった。

 

振り向くと、間髪入れずに彼が言った。
「浮かれ具合の度が過ぎた、いい年したおっさんほど、気持ち悪いものはないんですからね」

 

「わ、わかってるよ」僕はしどろもどろに返答する。
中年は決して出しゃばらず、彼女たちを支えながら年相応の楽しみ方をするべきだ。
ことロックにおいては、いつの時代も、多くの若者に支持され、そしてそういった若い世代に
引っ張られていったグループのみが世の中を席巻し、人気を博してきたのだから。
先の「ROCK IN JAPAN」で、数万の若い観客たちが熱狂しているてUVERworldのライブを観て、
心から感じたことを思い出すと僕は神妙な面持ちで頷いた。

 

天空席の傾斜は思いのほかキツかった。
それでも、ライブが始まれば周りの観客たちは席を立つのだろう。
開場前は、今回も中年メイトの数が多いといった印象を抱いていたけど、
僕たちの席の周りにいる観客たちの年齢層は幅広く、若い女性の姿も多くあった。
小さな子供を伴った家族連れや、かなり年配のご夫婦もいる。
僕の網膜はカップルは認識できない仕様になっているから、残念ながらそれらの数は分からない。

 

 

 

通路に貼ってあった注意書きを思い出しながら、コルセットを首に装着し、絶縁体シートを外す。
どうやらこれはXylobandの類いのようだ。
特定の信号により、コルセット中央の白い部分の発光がコントロールされるのだろう。
それがいつどこで実施されるのか。
おそらくはライブ後半のクライマックスで効力が発揮されるのではないだろうか。

 

 

 

やがて定刻の18時となり、何度か歓声と拍手が起こる。
その音と声の反響がすごかった。
スタンド席はほぼ埋まり、アリーナも、舞台セット以外の空間は人間で埋め尽くされている。
TMネットワークの解散コンサート以来、これまでに何度か東京ドームでライブを観たことはあるが、
ここまでぎっしりと人が入っている光景を目にするのは今回が初めてだった。
旗を持ったBABYBONESがアリーナの観客たちを煽っている様子を眺めているうちに、
僕の思考は次第に非現実的な世界へと入り込んでいった。
そうして心の準備が整ったのち、約20分ほど遅れて、
遂にBABYMETALの初のスタジアムショーが始まったのだった。

 

 

 

 

3.

セトリ

01. Road of Resistance
02. ヤバッ!
03. いいね!
04. シンコペーション
05. Amore -蒼星-
06. GJ!
07. 悪夢の輪舞曲
08. 4の歌
09. Catch me if you can
10. ギミチョコ!!
11. KARATE
12. Tales of the Destinies
13. THE ONE -English ver.-

 

暗転し、ステージ中央の巨大櫓の形をした舞台セットに映像が映し出される。
そのスクリーンは円錐状で、360度、どの場所からでも見れるようになっていた。
冒頭の「シン・ゴジラ」を想起させる映像は、改めて運営のセンスの良さを感じさせられた。
このスクリーンは素晴らしい、と感心しているところで、骨タイツのKOBAMETALが姿を現す。
彼によるその後の説明は、ほぼ武道館の“ 赤い夜 ” を踏襲していた。
2つの「教典」、「BABYMETAL」と「METAL RESISTANCE」の全曲を2日に渡り奏でる。
「RED NIGHT」と「BLACK NIGHT」で同じ曲は披露されない。
すなわちMCもなければアンコールもない。
次々と語られる内容ごとに沸き上がる観客たち。
そして会場のボルテージが一気に高まったところで始まった1曲目は「Road of Resistance」。
不意に3人の姿がビジョンに映る。
僕はそれをしばらく凝視し、それからステージに目を移す。
しかし彼女たちの姿はどこにもない。
ハッとしたのは、もう一度視線を上に移した直後だった。
円錐のスクリーンの上、櫓の形をした舞台セットの屋根の上にスポットライトが当たっている。
3人はそこにいた。
目が眩むほどの輝きを放ちながら、3人の美少女が凛として佇んでいた。
その瞬間、声が漏れた。
彼女たちは瞬時にして、この東京ドームというとてつもない巨大な空間を支配した。
いきなりの「Road of Resistance」のスタートに心は踊ったが、
意表を突いた彼女たちの登場に、早くも僕の心は爆発しそうになった。
握った拳を高々と天に突き刺す。
それでこそBABYMETALだ!
僕は唇を噛み締めながら無言の賛辞を3人に贈る。

 

今日はスタンディングのライブではないのに、SU-METALが、Wall of Deathを煽る仕草をする。
そのキリリと引き締まった表情に一切の気負いはない。
カウントの後に3人がダンスを始めると、僕はリズムに合わせて頭を揺らし始めた。
周りの観客たちは全員席を立っているが、初見の人もかなり多いのだろう、
事実、前の席の若い数人の女性や左右の観客はみんな私服だった。
彼らは一様に息を呑んで中央のステージを凝視している様子だった。

 

途中、ビジョンに映し出されたMOAMETALの表情がとても印象的だった。
ゴンドラに乗って場内を一周した横浜アリーナでは、
下を向くと泣いてしまうから見なかったと述懐していたが、
人一倍感受性の高い彼女のことだから、この満員のドームの光景に思わず感極まったのだろう。
彼女の場所からは、360度のパノラマの景色が見えていたに違いないだろうが、
その景色は風景ではなく、人々で埋め尽くされた光景だ。
彼女がそっと零した涙は、大観衆の熱意が届いた瞬間でもあったように思う。

 

やがてシーンはシンガロングへと移り、途中、3人は姿を消した。
おそらくは舞台セットの中に完備されているエレベーターで降下し、
ややあって、アリーナ中央の円形ステージに再び姿を現した。
素晴らしかったのは、彼女たちが移動している間もボルテージを下げなかった観客たち。
ほとんど全員の客が状況を把握していて、彼女たちが下に降りてステージに出てきた途端、
待ってたよ! と出迎えるように、シンガロングの声はひときわ大きくなった。
彼らの意図、特にアリーナの観客たちの歓迎ぶりが嬉しかったのか、
3人は笑顔で三方向に進んでは観客たちを力強く鼓舞し続けていた。
その姿は僕の心を揺さぶり、気が付けば頬には涙の筋ができていた。
SU-METALが“ かかってこいやーっ! ”と叫んだ時には新たな涙の筋ができあがっていた。
初っ端から感動に身体は打ち震えてしまったが、それに一切の戸惑いを覚えることはなかった。

 

まさに戦いの火蓋は切って落とされた。
そういった意味合いを強く持った「Road of Resistance」が終わり、
観客たちの気分もだいぶ高揚したところで続けて披露された曲は「ヤバッ!」。
円形のステージがゆっくりと回転を始めるが、
3人は慣れた様子でリズムに合わせて軽快にステップを踏んでいる。
“ 違う! 違う! ”と歌いながら、普段と違わないダンスで観客たちを魅了している。

 

スクリーンや舞台装置だけではなく、照明による演出効果も素晴らしかった。
それは続く「いいね!」でも継続され、ドームの天井付近から伸びる緑色のレーザー光線が、
まるで侵入者を阻む赤外線センサーのように、ドーム内の空間に複雑に無数に張り巡っている。
それはまさに“ 行こう ズッキューンと 現実逃避行 ”の歌詞のように、
僕たちを圧倒的で幻想的な非現実の世界へと誘っていった。

 

続いての曲は「シンコペーション」。
イントロが始まるや場内から大きな歓声が沸いた。
先月の白ミサ以来、観るのは2度目だったが、やはりこの曲は端的に言ってカッコいい。
ピッチが速いのでSU-METALはやや苦しそうではあったが、
ダンスを含めたグルーヴ感は痺れるほどに最高だった。
僕は終始体でリズムを取りながら心底この曲を満喫した。
サビ前の「あー!」と溜めるところでは無意識に右手を突き上げていた。

 

若干の間を置いて、次曲「Amore -蒼星-」が始まる。
ウェンブリーアリーナで観たあの光の翼がビジョンに大きく映し出される。
そしてカメラワークの妙により、再び櫓セットの屋根に登場したSU-METALの姿が、
大きな光の翼の中央に映し出され、観客たちの度肝を抜き、そして魅了した。
彼女が情感たっぷりに歌い出すと、僕はただただ息を呑んで彼女の歌声に耳を澄ませた。
彼女のクリアボイスが球状の空間に響き渡っていく。
感極まって目元を指先で拭ったのは1度や2度のことではなかった。
その澄んだ歌声だけで、スタジアムの巨大な空間さえ支配するSU-METALは、
もはや日本の至宝と呼んでも過言ではないように思う。

 

うっとりとした陶酔感に浸っている中、やがて場内に響き渡ってきたのは三三七拍子のリズム。
軽快なドラムの音に合わせ、次第に手拍子が大きくなっていく。
やがてBLACK BABYMETALの2人が姿を現すと、場内からはひときわ大きな歓声が上がった。
僕はその場で体を揺らし、「GJ!」の歌詞を一緒になって口ずさんだ。

 

間奏で新たな客煽りが始まる。
2人が三三七拍子で手を叩きながら場内を扇動する。
MOAMETALが「ぜんぜん足りないよ」とさらに煽る。
YUIMETALが「もっともっと」と可愛らしい声で続く。
2人に煽られて騒ぐ行為はいつだって楽しくて仕方がない。

 

続いては再びSU-METALのソロ曲。
「悪夢の輪舞曲」が始まると、僕は襟を正す思いで彼女の姿を凝視する。
美旋律のSU-METALのソロと躍動感溢れるBLACK BABYMETALの対比は、
単純にBABYMETALの楽曲群の幅の広さを表している。
「Amore -蒼星-」同様、僕は「悪夢の輪舞曲」もじっくりと鑑賞した。
“ ゆらゆら ”の歌声に合わせて左右に大きく頭を揺らしながら。

 

「悪夢の輪舞曲」が終わると、再びBLACK BABYMETALのターンとなった。
ウェンブリーアリーナの時と同じ、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」のパロディ風映像
ビジョンに映し出される。「4の歌」だ。
破壊力抜群のリフに合わせ、YUIMETALとMOAMETALが笑顔で首を振る。
大観衆が一斉に“ よん! よん! ” と声を張る。

 

間奏に入ると、同曲定番の客煽りが始まった。
2人がステージをぐるりと回りながら“ よん! よん! ” コールを観客に促す。
終始盛り上がりを見せた「4の歌」が終わると、
大村神、藤岡神、BOH神が、棺桶の形をした花道中央まで移動してきた。
「Catch me if you can」の前奏を演奏しながら。
そしてステージ中央の青山神も含め、彼らは痺れるようなソロを各々披露した。

 

BABYMETALの3人はというと、3つの花道の先端からそれぞれ現れた。
大きな声で“ ハイ! ハイ! ” とコールしながら中央のステージへ向かった。
カウント後、演奏が始まると、僕はその場で激しくヘドバンをする。
3人は、円を3分割したように、等間隔の位置でダンスを行っている。
そしてその間隔を保ったまま、駆け足のようなダンスでそのままぐるりと移動していた。
こういったところからも、彼女たちの演出の工夫と観客たちへの配慮が見て取れた。

 

「Catch me if you can」が終わると、ビジョンには大きな「GIVE ME!」の文字が。
続いての曲は、彼女たちの人気に火を付けた「 ギミチョコ!!」だった。
ビジョンに映し出される、ダンスを踊る3人の表情がとても楽しそうだった。
それにも感化されたのか、観客たちは誰もがノリノリでこの曲を楽しんでいる風だった。
言わずもがな僕もノリノリになって最初から最後まで体を揺らし続けた。

 

少しの間を置いてライブは「KARATE」へと続いた。
イントロが始まると場内から大歓声が沸き起こった。
武道館のライブの後、SU-METALは、歓声が降ってくるような感覚と形容していたが、
不思議なもので、天空席のこの場所でも、歓声が降ってくるように感じられた。
さんざめく歓声が大きく何度も反響しているからだろう。
僕はグルーヴと歓声を同時に感じながらエモーショナルでもある同曲に心酔した。

 

ブリッジに入る直前、3人がステージ上で倒れ込む。
新春キツネ祭りの「ド・キ・ド・キ☆モーニング」の際にも見られた、
雲の上に3人が寝そべっているような演出が、ここでも惜しげなく披露される。
自然な流れでSU-METALによるコール&レスポンスが始まる。
僕は涙声で“ ウォウォ~、ウォウォ~、ウォウォ~ ”と叫ぶ。
そして注目すべきあのシーンへと続く。
よく聴き取れなかったのだが、SU-METALは“ エブリバディシャウト! ”と叫んだようだった。
さすがにドームだから一斉ジャンプは行われなかった。
5万人以上の大ジャンプは間違いなく壮観だろうから見てみたい気もしたのだが、
施設のルールだからこればかりは仕方がないことだった。

 

印象的だった「KARATE」が終わると、ビジョンに映像が流れ始めた。
幾何学模様と電子音で始まったその映像はおよそ1分半ほど続いたのだが、
くぐもった館内放送のような声が聞こえた途端、僕は全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。
紛れもない、これは「Tales of the Destinies」だ。遂にお披露目だ!
やがて同曲のイントロが始まる。
プログレの楽曲に合わせて3人がダンスを始める。
その瞬間、嬉しさのあまり涙が零れた。
僕は泣き笑いの表情のまま、じっとスクリーンを凝視し続けた。
一瞬たりとも見逃してなるものか、そんな強い思いで。

 

首を長くして待ち望んでいた「Tales of the Destinies」は、
それはもう見事というほかなかった。
変拍子に合わせていったいどんな風に踊るのか。
アルバムが発売された当初より、そのことに対する興味は尽きなかった。
以前、SU-METALは、インタビューでこの曲のダンスの振り付けを練習するのは
今から怖いと語っていたが、想像以上の出来栄え、楽曲とのシンクロ度だった。
途中のピアノの旋律の箇所における、YUIMETALとMOAMETALのダンスはあまりにキュートで、
手の動きは鍵盤を叩いているようだったが、軽やかなステップは天使そのものだった。
極め付きは、最後の、両手で頬を包み込み、にこりと微笑む仕草。
あのシーンは、老若男女関係なく、誰もが心奪われた瞬間だったに違いない。
転調により、曲調が明るくなっていく箇所でのダンスも見応えがあり、素晴らしかった。
両手をぐるぐると大きく回しながらステップを踏むところでの歓声の凄まじさ。
曲を通し、歓喜の声はそこら中で溢れ返っている。
観衆のすべてが彼女たちのステージに見入っている。
ディズニーのパレードを羨望の眼差しで眺める、周りの雰囲気からはそんな趣さえ感じられる。
それはもはや「音楽」の概念を飛び越えた、究極のエンターテイメントといった体だった。
“ 魅せる ” という言葉は、彼女たちのような本物のアクトにだけふさわしい。
難曲を完全に自分らのものとし、歌とダンスでこれだけの大観衆を魅了する表現力は、
良質なミュージカルやオペラと同等かそれ以上と言っても決して大袈裟ではないように思う。
曲がフェードアウトしながら終了すると、ここまでで “ 今日イチ ” の歓声が沸き上がる。
だけどその “ 今日イチ ” の歓声は、その後にあっさりと塗り替えられる。
「Tales of the Destinies」のアウトロが続く中、まるで宝石箱をひっくり返したように、
巨大な空間の暗闇でキラキラと輝きを放つ光の粒子たち。
入場時に配られたコルセットが一斉に光り輝く様子は今夜のショーのハイライトだった。

 

文句のつけようのない演出というのはまさにこういうのをさすのだろう。
演者と観客が一体と化し、時間の許す限り心からライブを楽しむ。
この誰もが胸を打たれたシーンは、“ THE ONE ” を掲げたチームBABYMETALの思惑と、
彼らに情熱を捧げる観客たちの思いが、相思相愛といった体で顕在化したようでもあった。
目に見えない “ THE ONE ” を1つの形にした事象と言えるのではないだろうか。
この巨大な空間を埋め尽くす、意図していなかった観客たちの無数の光によるショーは、
これに参加した人たちの心の中にいつまでも残っていくだろう。
生涯忘れることのない、色褪せない思い出として、永遠に記憶に刻まれてゆくだろう。
この感動的な演出に、ざわめきは、止めることを、躊躇なく拒み続けている。

 

「Tales of the Destinies」のアウトロがループされ続けている。
CD音源では、途中にブツ切りに近いような形で終了するのだけれど、
いつの間にかメロディに「ララララ~」の歌唱が乗り始めていた。
そしてその歌声は次第に大きくなっていった。
元は「Tales of the Destinies」と合わせて1つの楽曲であったから、
この流れで続く曲を予想できた方は多かったのではないだろうか。
金色の衣装を身に纏った3人がそれぞれの花道に現れ、
美しいギターオーケストレーションの旋律が館内に響き渡ると、
興奮を持続していた観客たちはすぐさま反応を示した。
「THE ONE」が始まるや否や、まるで彼女たちへの信仰を励ますように、
観客たちはキツネサインを高々と掲げた。
僕たちは“ THE ONE ”なんだ。
そこに意思疎通の言葉は必要なかった。
感情の赴くままにキツネサインを掲げるだけででよかった。
文字どおり世界は一つ、“ THE ONE ”になったような錯覚に脳が支配される。

 

やがてSU-MTEALが美しい歌声で唄い出す。
“ No reason why ”と聴いた瞬間から僕の体は硬直した。
ただ全身で、彼女の美しい歌声を浴びる。
「English ver.」だったが、言語に違和感はなかった。
何度も繰り返し聴いて、もう耳に馴染んでいるからだろう。
それにしても見事な歌唱だと何度も溜息が漏れる。
魅惑的で、甘美な旋律を情感たっぷりに唄い上げるSU-METALからは一時も目を離せない。
美しいツインギターの音色にぞくぞくし、溜めては解き放つドラムのリズムに酔いしれる。
繊細で美しいYUIMETALとMOAMETAのコーラスはえもいわれない透明感がある。
僕はここまでで一番の陶酔感に浸り、何もかもを委ねる思いでステージ上を凝視し続けた。

 

“ ララララ~ ”の大合唱で会場が一つになっていった。
コルセットから放たれる白い光は歓びを表すネオンサインのように思えた。
やがて曲は終了し、花火が打ちあがって本日のライブは終了となった。
場内は拍手喝采。割れんばかりの歓声がこだましている。
チームBABYMETALへの称賛の念を表す拍手や歓声は、暫時、止むことはなかったのだった。

 

こうして、驚くほど完成度の高いスタジアムショーを披露して、
BABYMETALの「LEGEND -METAL RESISTANCE- RED NIGHT」公演は終了した。
大きな箱でのショーの素晴らしは存分に分かっていたはずなのに、
今夜のライブは想像を遥かに超えた、まさに異次元レベルのショーであった。

 

 

 

 

4.

人の波に流されながら会場を出る。
外は雨。
行き交う人々の表情は輝きに満ちている。
憑き物が落ちた、心が浄化された、そういった類いの顔ばかりだった。
ある者は恍惚の表情を浮かべて彷徨うにして歩き、
またある者は、少し進んでは放心の状態で立ち尽くすというのを繰り返している。
満面の笑みで会話を交わしているグループはそこら中に溢れていて、
ふと目の前を、瞳に憧憬の光を帯びた小さな可愛らしい女の子が横切っていった。
その女の子は赤と黒のコスプレ姿で、楽しかったというのは表情を見れば一目瞭然なのだが、
ご機嫌な気分が、躍動するように跳ねてまわる真っ赤なリボンにも表れていた。

 

駅に向かって歩き始める。
開口一番、K山くんが「すごかったですね」と言った。
「あんなコンサート、今まで体験したことがなかったです」

「ミスチルのドームでもないの?」

「ないですね。ミスチルのコンサートは基本、桜井さんの歌を聴きに行ってますから」

「なるほど。まあ、そうだろうね」

「なんというか、ずっとアトラクションに乗っていたような気分でした」

 

メタルはおろか、ラウド系のライブにほとんど足を運ばないK山くんからすれば、
BABYMETALのライブはいつも刺激的で、他のライブよりも心拍数はかなり跳ね上がるのだろう。
そんな彼だから、アトラクションに乗っていたというのは案外言い得て妙だなと思った。

 

やがて駅に着き、電車に乗る。
僕は改めて今日のライブを振り返る。
今夜は4Fの天空席だったから、どこまで楽しめるのかは未知数だったけど、
中央の20メートルはあろうかという巨大な舞台セット全体を一望することができ、
そのセットの上にいる姿も、下の円形ステージで躍動している姿も定点で観賞することができた。
なにより、会場全体を俯瞰して眺めることができたので、全然悪くないなというのが率直な感想。
すべての観客たちに楽しんでもらうためのセンターステージは遺憾なくその効力を発揮していた。

 

また、音響に関しては、最初からほとんど期待していなかった。
だから1発目の「Road of Resistance」が始まった途端、音が反響しまくって、
ひっきりなしにハウリングが発生した時もさほどがっかりすることはなかったのだけれど、
用意してあった耳栓を装着してみると、見事にハウリングは消え、
気持ちヴォーカルが強めの音響バランスへと変わったから期待以上に音も楽しむことができた。
ギターリフは聞こえ難かったが、ソロパートはだいぶクリアに聞こえたからある程度は満足できた。

 

3人のパフォーマンスに関しては、これはもう言うに及ばないだろう。
スタートからエンジン全開で、彼女たちから放たれているエネルギーは、
中央の櫓セットを丸ごと包み込み、そこから熱波となって、全方位的に絶え間なく発散されていた。
もちろんそれは目には見えないから僕の感覚でしかないのだけれど、
池に小石を投げ入れてできた波紋が水面だけではなく、空間の中を立体的に広がっていくような、
そんなエネルギーの伝播を感じずにはいられなかった。

 

そもそも今回の舞台セットは、球状のドームの特性をよく把握した上で周到に準備されていた。
平面だけではなく、立体的にも、演出によって見事に空間のすべてを活用していた。
360度の観客たちを魅せるライブパフォーマンスは、武道館のそれと同じ趣ではあったが、
サイズはまったく異なるのに、中央にいる彼女たちを遠いと思うようなことはなかった。
それは巨大な円錐型のスクリーンによって恩恵を受けたからに他ならないのだが、
彼女たち自身の存在感や、体から放たれるエネルギーがあの時よりも大きくなっているから、
3Fだけど実際にステージまでは近かった武道館、それに似た既視感を覚えたのだと思う。
今夜のライブは、武道館以降の海外ツアーで培った経験を最大限発揮した集大成のライブであり、
東京ドームという、決してライブ向きではない会場における1つの完成型のライブであった。
今日と同じ経験を、明日はアリーナ席で体験できると思うと気分は再び高揚した。
もうすでに、明日のライブが待ち遠しくて仕方がない。

 

 

上野駅で降り、馴染みの焼鳥屋へ向かう。
雨が降りしきる暗天を見上げながらK山くんがポツリと言った。
「残念ながらモーニングムーンは出てないですね」

 

僕はやれやれといった表情で言葉を返す。
「雨だからね。というか、今は夜だけどね」

 

懲りずにCHAGE and ASKAネタを引っ張る後輩に目配せしながら僕は歩を進める。
道中、K山くんは嘆息交じりに言った。
「なんだか明日も行きたくなりましたね」

 

その瞬間、ハッとした。
今の今まで、僕は明日のことを彼に話していなかった。
明日のチケットはTHE ONE SEATで当選したので、席は僕一人分しかない。
そのことを僕は彼に報告していなかったのだった。

 

もっとも、追加公演が発表された時に確認したところ、
「僕は1日だけで十分です」と彼は答えていた。
だから明日のチケット当選の有無は伝える必要はないと勝手に判断したのだった。
でも急に見たいと言い出したので、僕はなんだかバツが悪くなった。

 

「だけどチケットがないから仕方がないですね」
寂しげな視線を寄越しながらK山くんがなおも言う。

 

僕は少し逡巡したのち、彼に話を合わせることにした。
「そうだね。チケットがないから見に行けないね」

 

刹那、驚いた表情でK山くんが「えっ」と声を上げた。
「先輩の分も取ってないんですか? てっきり一人で行くもんだと思ってました」

 

そう言われると、随分心が軽くなった。
彼は僕が一人で行くとばかり思っていて、そのことに対して嫉妬はしていないようだった。
だから僕はすぐに正直に打ち明けようとした。
――実はチケットは1枚だけ持っていて、明日は一人で行ってくるんだ。

 

そう言いかけて、口をつぐんだ。
これまでの彼との問答で、その言い回しはあまりにも普通すぎた。
K山くんが「先輩、本当にチケット持ってないんですか?」と訊ねてくる。
僕は小さく「ごめん」と言ってから言葉を繋いだ。
「僕はこの瞳で嘘をつく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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